文章力養成コーチ ゆか先生の「書きまくるトレーニング」 徒然なるまま かきまくれっ!

国語について、そして書くことについて、つづっています。

本屋を見ればその町の教育水準が見える

2017年4月11日

不動産屋で良い物件を見つけたら、次にその町の本屋を覗いてみましょう。その町の文化と教育水準が分かります。今日はそんなお話。

 

国立の衝撃

私は、シカゴ、デュッセルドルフ、ロンドン、それぞれいわゆる日本人街に住んだことがあるのですが、その時に休みの度に行っていたのが日本の書店です。海外でも日本人が多く住むところには日本の書店が出店していますが、日曜日ともなると多くの日本人でごった返していました。みんな日本の活字に飢えていたのです。日本に帰国し、うれしかったのは、和食の材料と「本」が安く手に入ることでした。
帰国してしばらくは、都内のあちこちの書店で本を買いあさりました。どの町に行ったら良いか分からなかったので、皆が集まるような、新宿や丸の内の大型書店に通っていました。でも、 小さい子供がいる私にとっては、都会の本屋は普段使いにするには遠すぎました。
当時はAmazonも送料が有料でしたので、本屋にあればそこで買う、なければ本屋に注文をしてその本が届くのを待つという感じでした。 自分の住んでいる町の本屋に行くことになるのですが、いわゆるどこの商店街の中にもあるような、個性のない、流行の物をある程度そろえているだけの本屋に通っていたのです。
私の場合は、資料として学習参考書や児童書が必要なのですが、たいてい希望するものはなく、注文をすれば届くのでその方法をずっと使っていました。ところがある日、用があって国立市に行った時、駅の近くの本屋に寄ってとてもびっくりしたのです。それは、学習参考書と児童書の充実感でした。
まず、圧倒的に量が多い。それと種類も多いです。さらに、店員がそれら大量の本を把握し、例えばこの本では今回、どんな点が改訂されたのかというような情報まで頭に入っているという様子でした。
国立市は一橋大学や、桐朋高校、都立国立高校などの、ちょっとおハイソな学校もありますが、それに向けた小学校受験塾、中学校受験塾が多く、学習参考書もそういうものがとても充実していました。
また、受験向けだけではなく、児童書では、今流行のもの、そこから入門した子どもたちが次に読むべき本なども、こちらが注文しなくてもある程度網羅されていました。
つまり、本屋の雰囲気が町の雰囲気の縮図だという印象を持ったのです。

 

人が集まる町にあるオシャレな本屋

本屋が町の雰囲気作りをかっていることは、学習参考書や児童書に限ったことではありません。
六本木のTOKYO TSUTAYA ROPPONGI
恵比寿のNADiff
上野のROUTE BOOKS
のように、他の文化と融合した本屋

COOK COOP BOOK
のように業界ごと巻き込んだ本屋

無印良品有楽町
のように、自社製品と本屋とのコラボ

天狼院書店
神楽坂モノガタリ
のように、自ら文化を創り、世の中を動かそうとしている書店もあります。

 

数で勝負!? 個性のない中規模本屋がいくつも

一方、私が住む某駅の近くには、そこそこ冊数のある中規模本屋がいくつかあるのですが、どの店にも人があまりいません。店に個性がないのです。入り口には、人気のある雑誌が平積みされ、横には話題の経済書、新聞で取り上げられた文芸書がなんとなくあります。「ここで買う意味がない本」が「在庫切れにならない量」並んでいる感じです。また、やたらと新刊が多く、長く愛されている「名著」がないのも特徴です。売り上げ第一主義がスケスケです。名著の方が工夫して、ライトノベル化されたものはあるのですが。
絶対的な特徴は、「漫画の量」です。漫画に関してはほぼ困らないというくらいあります。学習参考書のざっと4倍の面積を占めているでしょうか。でも、漫画マニアにもきっと言い分はあるだろうというくらい「ありゃいいってもんじゃない」というそろえ方なのでしょう。その証拠にそのエリアにもあまり人はいません。
学習参考書に至っては、私は専門家なので言えるのですが、なにしろ「新しい発見がない」のです。一番多いのが、学校別に使用されている教科書のガイド。そして入試問題の過去問集です。これらは試験前ぐらいにしか動きがないと思われます。
他に、「試験に出る○○」「中間・期末対策本」などが並びます。つまり、普段の学力を上げるような本の割合が非常に低いのです。
おととし、少し大きめの書店が北口にできて、「こんどこそ!」と思ってすぐに見に行ったのですが、本当にイマイチでした。買っても重い思いをしない分「Amazonの方がマシ」なんです。この町の書店は、付加価値のない書店ばかりなのです。
中学も高校も大学も、けっこうそこそこ良い学校が集まっている町なのですが、その生徒たちが学校の帰りに本屋に寄らない。そんな人をひきつける魅力のない本屋ばかりなのです。

 

本屋の使命 そこに住む大人の使命

本屋で「すみません、こんな感じの本なんですが」とか「誰の新作か忘れたんですが、こういう言葉で始まって」そんな曖昧な尋ね方をしても、「あ!それでしたら、こちらです」「ああ、この本ですよ。」と、実に見事な検索能力を持っているのが書店の店員でした。私はそんな頭脳を持つ書店の店員にほれぼれしたものです。「その作家さんが好きなんだったら、この人もお薦めですよ」と言われた日にゃ、ここは結婚相談所かと感じたことも(笑)
ところが、今、つまらない書店では、関連本を答えてくれる店員はほとんどいなくなりましたし、大型書店になると、 「こいつに聞いてくれ」と言わんばかりに 書籍の検索機が何台も並んでいます。何かを放棄されている気がしてなりません。私はむしろ、レジの方を図書館ばりに自動にし、その分の店員を案内に配置したら良いのにといつも思いながら、プリントアウトされた「お探しの本はA-9-1の棚にあります」などと書かれた紙を握り、本屋の中でさまようのです。
本屋の使命というものがあります。本は人の知識の元、文化の元です。ですから、それを売る本屋は、その町に住む人の知識の元、文化の元を作っているといっても過言ではないでしょう。また、その町に住む私たち大人も書店を改造していく義務があります。確かに、チェーン店では「もっとこういう本を置いてほしい」「関連本を少し多くしてほしい」などの要望は通りにくいかもしれませんが、言ってみるのは悪いことではない気がします。また、そこでお客さんのニーズを聞いて変わろうとしない本屋は、それまでだという気がします。

家族で引っ越しをする場合、気に入った不動産を見たあとに、町の本屋を検証する、そんな日が来るかもしれませんね。

 

 

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