文章力養成コーチ ゆか先生の「書きまくるトレーニング」 徒然なるまま かきまくれっ!

国語について、そして書くことについて、つづっています。

ミシンを踏むのは凶暴ママ

2017年10月16日

「母は何も言わず、黙ってミシンを踏んだ」この様子から分かる母の気持ちを書きなさい。そんな入試問題で「凶暴」と答えた生徒がいたのだそう。確かに足で弾み車を回すミシンはもう見当たりません。ではこの言葉は、そのものと共になくなってもよいのでしょうか。

 

共通の言葉が多い方が居心地はいい

先日、ある会合に出ました。かなり長時間の会だったのですが、頭がくったくたになりました。使われている言葉が普段仲間うちで使っている言葉と違うのです。もちろん日本語なのですが、なかなか通じないところが多いのです。
私もまさか地元の会合で、遅刻者に「タイムマネジメントがなっていない」「信頼残高が減るよ」なんて言い方はしません。「遅れないように朝から調整しなくちゃね」とか「あんまり時間にルーズだと、他のこともだらしないと思われちゃいますよ」のように言い方を変えます。
そんな感じで頭の中の翻訳、というか、いったん意味を脳に戻し、概要をがっちり確認したあと、その場に相応しい言葉で言い換えます。これが本当に疲れる。「この前のアイスブレイクは本編より疲れたよ」とか「コンテンツより魅力が刺さるかよね」で見事に通じてしまう世界は本当に楽。
けれど、この楽な関係も初めからあったわけではなく、少しずつ会話を積み重ねてできた関係なんですよね。

 

使う語彙の違う人と話す意味

で、この普段使う語彙と違う語彙を使い、人と話すことなんですが、頭がくったくたになることからも分かる通り、おそらく普段使わない部分の脳を使っていると思われます。相手と分かり合いたい、相手のことを知りたい、自分のことも知ってほしい時、または必要に迫られて話す時、脳の活性化以外に、心も解いている作用を感じます。近づいているとでもいいますか。こうして頭を使い、心を開くと、普段話さない人からも、言葉をいただき、知恵をいただき、自分のものになっていくわけです。

 

ミシンを踏むのは凶暴ママ?

さて、冒頭の「ミシンを踏む」ですが、足踏みミシンがあった時代の人たちにとって、「母は何も言わず、黙ってミシンを踏んだ」これだけで、なんとなく、言いたいことを我慢しながら黙々と作業をする様子が目に浮かんできます。自分の言葉を押し殺す、心を閉じる、そんな様子も浮かびますね。また状況が違えば、黙秘権を行使しているとも取れますが、けして「凶暴な母親像」は浮かびません。「ミシンを踏む」行動がイメージできないのと同様、もしかしたら「蛇口をひねる」も「洗濯機を回す」も「凶暴な母親がすること」と捉える時代が来るのでしょうか(笑)確かに何もかも自動化されると、こういうものは全て「オンする」なんて言葉になってしまうのかもしれませんね。
しかし私は、こういう言い回しはわざわざ変えなくても良いと思うのです。「ミシン」は「踏む」のままでいい。そして例えば子どもが「ねえ、なんで、動画見ている時、お母さんは『巻き戻す』っていうの?」と聞いてきたら、異文化交流の始まりと思えば、楽しいかと思うのです。
そういう意味で、もしかしたら私は地域のコミュニティでも「信頼残高」なんていう言葉を使ってみるパイオニアになってもいいのかもしれません。

 

子どもと歩み寄って共通語彙を増やそう

子どもの世界にも独特の言葉があります。
私には20歳になる息子がいます。時々「え?母さんって○○って言わない?」なんて小馬鹿にされますが、素直に「それはどういう時に使うの?」と聞くようにしています。すると、すごく面倒くさそうですが、丁寧に教えてくれます。その表情を見ていると、彼にとってもこの説明は苦しいのだ、でも、脳を使っているのだ、そして、私にその未確認言語を伝えて共通語にしようとしているのだと感じます。
友人のお子さんなどの話もとても面白く、子どもたち同士では、知らない日本語が時々使われています。最近覚えたのが、特にLINEなどで使われる言葉で、「卍」(=絆)「絶起」(=絶望的に遅い起床)「ありよりのあり」(=最高)「(語彙力)」(自分の語彙力のなさを語る時、もしくは自慢する時に使う)です。
私も使ってみようと思うのですが、私の年代だと、使う場面がないのが悲しいところです。
そして、何が悪いって、せっかく教えてくれた新人類の言葉を、なかなか覚えられないこの脳!(笑)

 

訂正2017/10/20

「ありよりのあり」の意味を「どちらかと言えばあり」と記載していましたが「最高」の意味だと分かり、書き換えました(笑)

 

 

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