文章力養成コーチ ゆか先生の「書きまくるトレーニング」 徒然なるまま かきまくれっ!

国語について、そして書くことについて、つづっています。

失敗を恐れる子、恐れない子

2021年9月22日
子どもの頃から失敗を恐れる子がいます。個性として尊重すべきではありますが、これからの社会、やや不利になるタイプも。それは慎重になりつつも準備して行動するタイプとは違い、石橋を叩いて割ってしまうタイプの子。

ある日の朝活で「失敗」の話が出ました。失敗を恐れて何もできない人と、そんなこと関係なく突き進む人は、何が違うのだろうと。そこでは「家庭環境が原因」ということに落ち着いたんですが、これ、日々感じていることです。

親が「こうすると良い」「こうすると失敗しない」ということを先回りして教えてしまうと、まず、その子が新しい体験が1つもできないという弊害があります。
このからくり、分かりますかね?
まず、子どもがすることには、成功も失敗もないんですね。体験しかないんです。成功か失敗か、そんなものはずっとずっと後になってから分かることです。

それ以上に危険なのが、「ママ(パパ)のいう方法以外は間違いである」と思ってしまい、それ以外は「失敗」イコール「正しくないこと」の図式ができてしまうこと。これがまたずっとやっかいなことに。

親はたまたま先に生まれているので、はさみはこう持つといいとか、皿洗いはこうした方が効率がいいとかについて知っていて、つい、教えてしまいますが、実はそういうことは、本来は、数々の失敗を通じて、習得すること。親自身だってそうでしょう?(笑)
皿洗いにたとえますが、お皿を割ってしまったり、うまく洗えなかったり、ためこんでしまって汚れがカピカピになってしまったり(笑)、色々な経験を積んで、やっと洗えるようになりませんでした? それとも最初から上手でした?(笑)

例えばスマートな皿洗いを親に教わってしまった子は、キャンプ場の炊事場でパニックになってます(笑)
洗剤がないだけで、洗剤が自宅のと違うだけで、お皿がいつもと違うだけで。
正解が1パターン(組)しかないと思い込んでいるのかもしれません。

そのキャンプでさえ「まず、やってみな」という最良の方法を教えるのではなく、最近は「こうすると水の節約になります」とか「こうすると持ち物が少なくて済みます」とか先に教えちゃう指導者も。残念ですよね。
昔遊びをやってみようというイベントで、得意げにベーゴマ回しをする年配の方がいますが、それもちょっとずれているんです。子どもが憧れるまではいいんですが「こうするとよく回る」と教えてしまっては、子どもにとって機会喪失に。アドバイスのタイミングの見極めが大事ですよね。

例えば、お皿を割った、手を切ったという経験から、工夫して危険を避ける方法を学び、油もの以外は洗剤は要らないこと、洗う順番を間違えると二度手間になることを実体験から学ぶ。そうすることで本当に自分の財産になっていくんですね。

親でもなく、失敗こそが真の先生なのです。だから、命に係わるようなこと以外、親はでしゃばらずに、失敗先生に任せればいいんです。

文章も同じです。「先生、どう書けば満点なんですか?」と最初から模範解答を求める子のなんと多いことか! 修正、つまり赤ペンが怖いというのです。アドバイスの宝庫なのに!
なるべく失敗の経験を多くして、自分で気づくことが大事です。子どもは、一人では気づきにくいので、そこで、やっと教師の登場というわけなんですね。

そう、例えば、授業で質問をした時、初めに手を挙げて間違えて笑われた子の方が、ずっと伸びるんですよ。
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